世界とつながる橋の下で生命が躍動!多摩川河口干潟で生命の息吹を感じよう
NPO法人多摩川干潟ネットワーク代表
佐川 麻理子
川崎市建設緑政局総務部企画課担当係長
藤木 直也
※敬称略
川崎臨海部と羽田空港を結ぶ「多摩川スカイブリッジ」が2022年に開通してから4年。橋のたもとには、多様な生きものが暮らす豊かな干潟が広がっています。今回は干潟の自然を守る活動を続けるNPO法人多摩川干潟ネットワーク代表の佐川麻理子さんと、橋の建設に携わった川崎市職員の藤木直也さんに、それぞれの立場から当時の苦労や現在の干潟の状況、未来への想いを伺います。
目次
羽田空港のそばに息づく「都市の自然」

まずは、お二人がこの干潟と関わるようになった経緯を教えてください。
佐川:
私は約20年前に当時小学生だった息子たちを連れて川崎の干潟に遊びに来たのがきっかけです。当時、生きものに興味を持っていたこどもたちと一緒に、カニを探したり魚を網で捕まえたりして遊んでいました。するとある日、川崎市環境局の方が通りかかって、「いつもここで遊んでいるんですか?」って声をかけてくれたんです。それがきっかけで情報交換をするようになり、大師河原水防センター(大師河原干潟館)ができるときに、川崎市の準備委員会に入れていただくことに。センターの一角に干潟の自然について紹介するコーナーを作るお手伝いを通じて、より深く多摩川干潟と関わるようになりました。
藤木:
私は2016年に羽田連絡道路(現多摩川スカイブリッジ)のプロジェクトに参加することになったのがきっかけで、この干潟の存在を知りました。それまでは川崎市の臨海部=京浜工業地帯というイメージが強く、こんなに豊かな自然が残っているとは知りませんでした。
この干潟周辺の生態系、自然の特徴を教えてください。

佐川:
干潟は河口に近いため、海の潮が運んでくる海水と、多摩川から流れ込む淡水とが混ざり合う独特の環境です。そのため、どちらの環境にも適応できる多様な生きものが暮らしています。人間の生活のすぐ近くを流れる川なので、いわゆる「清流」ではありません。しかし、そのような水だからこそ栄養が豊富で、その栄養を糧に多くの生物が暮らしています。

また、このエリアの自然は、いわゆる手つかずの「大自然」ではなく「都市の自然」です。高層ビルや道路といった人工の構造物に囲まれた環境の中で、それでもなお息づく自然が残されています。ある意味でこの自然は、例えば八ヶ岳の大自然よりも豊かです。多摩川なら干潟を少し歩くだけでカニや魚などたくさんの生きものを間近に見て、自分の手で触れることができます。これって、とっても豊かなことですよね。
環境への負荷を最小限に。自然との共存を前提に工事をスタート

この干潟を行政としてどのように位置づけていましたか?また、橋の計画段階では自然との共存をどのように考えていたのでしょうか?
藤木:
プロジェクト立ち上げの段階で、建設予定地近くに干潟があり、底生生物(海や川の底にすむ生物の総称)や鳥類がたくさん暮らしていることは認識していました。そこで、橋の建設によってこの豊かな自然が損なわれることのないよう、配慮した建設計画を立てました。具体的には、橋脚の数を極力少なくしたり、野鳥が飛ぶのを妨げないように橋の高さを極力低く設計、夜間の光が干潟に漏れないように照明を柵に内蔵したりするなど、可能な限りの配慮を盛り込みました。
市民の皆さんからは、どんな意見が寄せられましたか?
藤木:
橋ができることで自然が壊されるのではないか、という懸念の声が寄せられました。市としてはご懸念を真摯に受け止め、佐川さんを含め自然保護団体の皆さんのご意見も聞きながら、環境影響調査を行う手続きを進めました。そして着工前の2016年から環境調査を開始、鳥の種類や数、飛行高度、干潟に住む底生生物などを四半期ごとに調べました。調査結果は、市が組織した「河川河口の環境アドバイザー会議」に報告し、河川環境の専門家の皆さんに都度ご意見を伺いました。調査結果を受けての工事計画変更はありませんでしたが、調査を通じて干潟をより深く理解できたのは、私たち川崎市にとっても非常に大きな収穫だったと思います。

佐川さんは、橋の建設計画をどのように受け止めましたか?
佐川:
率直に言うと、最初は大きな構造物ができることに抵抗感がありました。干潟の生きものに影響があるのではないかと心配したためです。ですが、実際に橋ができてみるとほとんど影響はなかったですね(笑)。橋ができた後も、干潟やそこに住む生きものたちに大きな変化はないと思います。そもそも干潟というのは、不安定なものなんです。大雨や台風が来ただけで、簡単に形状が変わります。干潟を「変えない」というよりも、私たちが干潟の変化に合わせて見守っていくという姿勢が大切なんじゃないかと思っています。
対話を重ねて相互理解や信頼関係を築く上で、印象的だったエピソードを教えてください。
藤木:
一番印象に残っているのは、佐川さんをはじめ市民の皆さんと一緒に何度も干潟を歩いたことです。当たり前のことですが、「干潟がある」ということを知識として知っていることと、実際に自分の足で干潟を歩くことは全く違います。私自身、それまで干潟に行ったことがなく、どんな生物が生息しているのかすら知らなかったのですが、実際に干潟を歩いて、生物の多様性や自然の豊かさを体感したことで、「この自然を守りたい。工事によってこの干潟に影響を与えてはならない。」という気持ちが自然と湧き上がってきました。
佐川:
多摩川スカイブリッジの工事がきっかけで、行政の方が干潟に目を向けてくれるようになったことを、とても心強く思っています。干潟館では2008年から、1辺20cmの枠で泥を採取して、その中にいる生きものを調べて観察する「スコップ100」というイベントを続けているのですが、このイベントにも行政の皆さんが参加してくれるようになりました。行政と市民、研究者が一緒に干潟の生きものを観察するという、とても貴重な機会となっています。
観察を続け、変化に対応する体制づくりを

開通から4年が経ちますが、現在の干潟の様子はいかがでしょうか?
佐川:
いい意味で、大きな変化は見受けられません。以前と変わらず、いろいろな種類のカニも観察できますし、多摩川河口プロジェクトチームという団体の主催するモニタリングでは、今まで見たことのない珍しい魚がいたことも報告されていますし、貴重なトビハゼやアサクサノリも確認できています。
藤木:
工事にあたって橋脚設置のために干潟を掘削し、工事後に保存してあった土を埋め戻したのですが、その部分も周囲と馴染んで安定し、生物の生息状況も周辺と同様になっています。モニタリング調査の結果を見ても、特に工事前後で大きな変化はみられていません。
佐川:
干潟のある河口は、水だけでなく土砂とかごみとか、いろいろなものが流れ着いてくる場所です。干潟はそれを受け入れて、流し出す力を持っているんです。先ほど申し上げたとおり、常に変化もしています。私たちが干潟のためにできることは、観察し続けること。多摩川スカイブリッジをはじめ私たち人間が作り出したものを、干潟がどう受け止めてどんな答えを出すのかを、これからも観察し続ける必要があります。そして、その結果を発信することで、干潟の状況を多くの人に知っていただきたいと思っています。
環境と調和するまちづくりを川崎から全国に発信

佐川さんは、現在どのような活動をされているのですか?
佐川:
NPO法人多摩川干潟ネットワークの主な活動は、干潟館の管理運営、観察会やイベントの開催です。干潟館では多摩川河口の自然や防災、地域の歴史文化などの展示をしているほか、干潟で拾ってきた貝殻や木の実を使ったプレートづくり、干潟の植物を使ったバッタづくりなど工作も楽しむことができます。こども向けの自然体験活動を行う「だいし水辺の楽校」では、干潟観察会や自然観察会、ハゼ釣り大会も開催しています。親子で参加される方が多いのですが、こどもさんよりも保護者(大人)の方が夢中になって遊んでいらっしゃいますね(笑)。生きものを捕まえたいという「本能」のようなものが呼び起こすというか、こどものころ、生きものを追いかけて遊んだ時の気持ちを思い出す、良い機会となっているようです。
今後、行政として環境と共生するまちづくりをどのように進めていきたいと考えていますか?
藤木:
このプロジェクトを通じて、改めて環境保全の重要性を強く認識しました。干潟は、生物多様性を支える貴重な自然環境であると同時に、市民の皆さんにとっても自然と触れ合える大切な場所です。今後は、市民の皆さんに干潟の役割や魅力を広く知っていただけるよう、わかりやすい情報発信や学習の機会を充実させるとともに、実際に自然に親しんでいただける場の紹介にも力を入れていきたいと考えています。
多摩川スカイブリッジの工事は、環境に配慮した施工のモデルケースとして注目を集め、全国の自治体からも問い合わせが寄せられました。今後も環境と調和するまちづくりに挑戦し続けていきます。
川崎市民一人ひとりの干潟への興味が、自然を守る原動力に。

多摩川河口干潟を次世代に残していくためには、何が必要でしょうか?
佐川:
次の世代に干潟を引き継いでいくためには、ただ環境を守るだけではなく、干潟と人とをつなぐ“架け橋”になってくれる人を増やしていくことが大切だと思います。地元の方はもちろん、外から来た方も含めて、干潟の魅力や自然の尊さに気づき、共感してくれる人が一人でも多く育っていけば、未来へと干潟を受け継ぐ原動力になるはずです。まずは、その気づきや共感を生む機会をもっと作っていくことが必要だと思います。
藤木:
まずは多くの方に干潟の存在を知っていただき、関心を持っていただくことが何より大切だと考えています。そのために川崎市としても、干潟の魅力や価値を積極的に発信し、市民の皆さんに共有したいと思います。取り組みを通じて関心の輪が少しずつ広がっていくことが、次の世代へとつなげていく大きな力になると信じています。
最後に、川崎市民の皆さんにメッセージをお願いします。

佐川:
遠くに出かけなくても、川崎市には豊かな自然があります。多摩川河口干潟もその一つ。カニやトビハゼなど干潟ならではの生きものを身近に観察できます。季節ごとに見られる生きものが違うので、春(5〜6月)や秋(9月末〜10月)の過ごしやすい時期はもちろん、一年を通して新しい発見があります。ぜひ一度、足を運んでいただき、身近な自然に触れてみてください。大師河原干潟館にも、生きものの情報がたくさんありますので、遊びに来てください。

藤木:
日常生活のすぐそばに、これほど豊かな自然があることは川崎市の大きな魅力のひとつです。自然に触れることで『こんな生きものがいるんだ』『もっと知りたい』という発見や驚きが生まれます。そうした体験は、こどもから大人まで、環境を大切に思う気持ちにつながっていくと感じています。川崎市としても、市民の皆さんに干潟の魅力を知っていただきながら、一緒に未来へと守り、引き継いでいけるよう取り組んでいきたいと思います。
※撮影は専門家指導のもと、安全に配慮して行っています。
※干潟の撮影は特別な許可のもとで行っています。干潟は一部立ち入りが制限されている場所があります。
川崎の シンカ
多摩川スカイブリッジ ― 世界と川崎をつなぐ未来へのゲートウェイ
2022年に開通した「多摩川スカイブリッジ」は、世界の玄関口である羽田空港に隣接する羽田グローバルウイングスと、ライフサイエンスや環境分野の研究機関、企業、ホテルなどが集まる国際戦略拠点「キングスカイフロント」を結ぶ橋です。全長約675メートルのスカイブリッジは、多摩川の水辺に開かれた雄大な景観とともに、川崎と世界を結ぶ新しい架け橋。未来を担う研究開発が進むこのエリアと、世界各国から人々が訪れる羽田空港が、多摩川スカイブリッジによって直結しました。橋の上からは多摩川や東京湾、離着陸する飛行機を間近に眺めることができ、都市の活気と未来の可能性を肌で感じることができます。 多摩川スカイブリッジは、研究・ビジネス・観光をシームレスにつなぎ、川崎が世界に誇る「新しいかけはし」として、未来への扉を開いています。